「子どもの頃から、いつも人の顔色をうかがってしまう」「誰かと親しくなると、かえって不安になる」。
こうした反応の背景には、幼少期から繰り返し経験してきたストレスや、人との関係の中で感じてきた不安が影響している場合があります。
前回の記事では、発達トラウマの定義や特徴について紹介しました。今回は、発達トラウマと一般的なトラウマ、そして複雑性PTSDとの違いを整理します。
一般的なトラウマとの違い
トラウマというと、事故や災害、暴力など、特定の出来事によって生じるものを思い浮かべるかもしれません。
こうした体験では、出来事を思い出すと強い恐怖を感じたり、似た状況を避けたりする反応が見られることがあります。
一方、発達トラウマでは、子どもの成長過程で繰り返し経験するストレスや、安心できる関係が十分に得られなかったことなどが重要になります。
例えば、家庭の中でいつも親の機嫌を気にしていた子どもは、大人になってからも、相手の表情や声の変化に過敏に反応することがあります。
ここで重要なのは、特定の出来事への反応だけでなく、人との関わり方や自分自身の感じ方にも影響が及ぶことがあるという点です。
ただし、一般的なトラウマと発達トラウマが明確に分かれるわけではありません。単回の出来事でも広い影響が生じることがあり、発達トラウマでも特定の記憶に結びついた反応が見られることがあります。
複雑性PTSDとの違い
発達トラウマと混同されやすいものに、「複雑性PTSD(Complex PTSD)」があります。
複雑性PTSDは、世界保健機関(WHO)の診断分類であるICD-11に定められた精神疾患です。
通常のPTSDに見られる再体験、回避、持続的な脅威感に加えて、次のような問題が特徴とされています。
- 感情調整の困難:感情が激しく変化したり、気持ちを落ち着かせることが難しくなる
- 否定的な自己概念:自分には価値がない、欠陥があると感じやすくなる
- 対人関係の困難:他者を信頼したり、親密な関係を維持したりすることが難しくなる
これらは、発達トラウマによって生じる問題とも重なる部分があります。
しかし、両者は同じものではありません。
発達トラウマは、発達過程で経験した逆境やその影響を理解するための概念であり、複雑性PTSDは一定の診断基準を満たす場合に用いられる診断名です。
発達トラウマを経験した人が必ず複雑性PTSDになるわけではなく、複雑性PTSDも成人期の長期にわたる外傷体験などによって生じる場合があります。
誤解されやすいポイント:「幼少期の体験がすべてを決める」わけではない
発達トラウマについて考える際、注意したいのは、幼少期の経験によって、その後の人生がすべて決まるわけではないということです。
確かに、子どもの頃の環境は、安心感や感情の調整、人との関わり方の発達に影響を与えます。
しかし、人間の心や脳には、その後の経験を通して変化していく可能性があります。
例えば、これまで人を信頼することが難しかった人でも、安心できる関係を経験する中で、少しずつ他者との距離の取り方が変わることがあります。
つまり、発達トラウマを理解することは、過去の経験によって現在の自分を決めつけることではありません。
これまでの反応がどのように形づくられてきたのかを理解し、これからの変化の可能性を見つけることにも意味があるのです。
まとめ
本記事では、発達トラウマと一般的なトラウマ、複雑性PTSDとの違いについて整理しました。
- 一般的なトラウマは特定の出来事に関連して生じることが多い一方、発達トラウマでは成長過程での繰り返される経験や関係性が重要になる
- 発達トラウマは発達過程の逆境とその影響を理解する概念であり、複雑性PTSDは診断基準を持つ精神疾患である
- 幼少期の経験はその後に影響するものの、人は新しい経験や関係を通して変化していく可能性がある
発達トラウマを理解することは、現在の困難を過去の経験とのつながりから捉え直すきっかけになります。
そして、その理解は、これからどのような経験や関係が回復につながるのかを考える第一歩にもなるでしょう。
参考文献
World Health Organization. (2024). ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics: Complex post traumatic stress disorder (6B41).
Cloitre, M., Garvert, D. W., Brewin, C. R., Bryant, R. A., & Maercker, A. (2013). Evidence for proposed ICD-11 PTSD and complex PTSD: A latent profile analysis. European Journal of Psychotraumatology, 4(1), 20706.
Cook, A., et al. (2005). Complex trauma in children and adolescents. Psychiatric Annals, 35(5), 390–398.