戦争や災害、虐待やDV、大きな事故など、人生の中では心に深い傷を残す出来事が起こることがあります。しかし、その影響は体験した本人だけにとどまらないことがあります。
近年のトラウマ研究では、親や祖父母が体験したトラウマの影響が、その子どもや孫の世代にも受け継がれることがあることが明らかになってきました。これを世代間トラウマ(Intergenerational Trauma)と呼びます。
本記事では、世代間トラウマとはどのようなものなのか、どのように伝わるのか、そしてどのような点に希望があるのかについてお伝えします。
なお、本記事は、ISTSS(国際トラウマ後ストレス学会)の情報を参考に作成しています。
目次
世代間トラウマとは
以前、戦争を経験した高齢の方のお話を伺う機会がありました。
その方は、「戦争のことは子どもにはほとんど話したことがない」と話していました。しかし、その一方で、「危険を避けること」「人を信用しすぎないこと」「食べ物は必ず残さないこと」などを、幼い頃から何度も子どもへ伝えてきたそうです。
子どもたちは戦争を経験していません。それでも、いつもどこか不安を感じたり、人との距離感が極端になったり、自分でも理由のわからない緊張を抱えて生活していることがあります。
もちろん、すべてが戦争体験によるものとは言えません。しかし、研究では、親世代が経験したトラウマの影響が、子どもや孫の世代にも認められる場合があることが報告されています。その背景には、親子関係や家庭環境、生物学的な変化、さらには社会・文化的な要因など、複数の要因が複雑に関わっていると考えられています。
このような現象は、世代間トラウマ(Intergenerational Trauma)と呼ばれています。
世代間トラウマはどのように伝わるのでしょうか
現在の研究では、世代間トラウマは一つの原因だけで説明できるものではなく、複数の経路によって伝わると考えられています。
親子の関わり方を通して伝わる
最もよく知られているのは、親子の関係を通した影響です。
例えば、親が強い不安や警戒心を抱え続けていると、子どもも「世の中は危険な場所だ」という感覚を学びやすくなります。
また、感情を表現することが難しい家庭では、子どもも自分の気持ちを抑え込むことを学びやすくなります。
これは親が意図して行っているわけではありません。トラウマによる反応が、日常の関わりの中で自然と子どもへ影響していくのです。
家庭の雰囲気を通して伝わる
家庭全体の雰囲気も大きな要因です。
「いつも緊張している」「突然怒りが爆発する」「悲しい話題を避ける」「家族全員が過度に我慢する」といった環境の中で育つと、子どもはその雰囲気を自然なものとして身につけていきます。
言葉で説明されなくても、家庭の空気そのものが次の世代へ受け継がれることがあるのです。
生物学的な影響も研究されている
近年では、ストレスに関係するホルモンや遺伝子の働き(エピジェネティクス)についても研究が進んでいます。
これらは「トラウマが遺伝する」という意味ではありませんが、強いストレスを受けた経験が、生物学的な反応のしやすさに影響を与える可能性について研究が続けられています。
ただし、この分野は現在も研究が進んでいる段階であり、まだ明らかになっていないことも多くあります。
世代間トラウマは必ず受け継がれるわけではありません
ここで最も大切なことがあります。
親がトラウマを経験したからといって、子どもが必ず同じ問題を抱えるわけではありません。
研究では、家族の支えや安全な人間関係、地域とのつながり、適切な心理的支援などがあることで、その影響は大きく軽減されることがわかっています。
つまり、世代間トラウマには「伝わる可能性」がありますが、「必ず伝わる運命」ではないのです。
世代間トラウマに気づくことが回復の第一歩
世代間トラウマでは、「自分の問題」だと思っていたものが、実は家族全体の歴史や環境の中で形成されていたということがあります。
例えば、
- 理由のわからない強い不安
- 人を信頼することの難しさ
- 常に緊張してしまう
- 感情を表現することへの苦手さ
- 過度な自己責任感や罪悪感
などが見られることがあります。
もちろん、これらの症状だけで世代間トラウマとは判断できません。しかし、「なぜ自分はこう感じるのだろう」と家族の歴史も含めて考えてみることは、回復への大切な第一歩になります。
さらに、必要に応じてトラウマに詳しい専門家へ相談することで、自分だけでなく、次の世代へ同じ苦しみを引き継がないための支援につながることもあります。
本記事のまとめ
本記事では、世代間で伝わるトラウマ(インタージェネレーショナル・トラウマ)についてお伝えしました。
トラウマの影響は、体験した本人だけでなく、親子関係や家庭環境などを通して次の世代へ影響することがあります。一方で、その影響は決して避けられないものではありません。安全な人間関係や適切な支援、そしてトラウマについて理解を深めることによって、その連鎖を断ち切ることは十分可能です。
もし、原因のわからない生きづらさや家族の中で繰り返される苦しさを感じている場合には、「自分だけの問題」と考えるのではなく、世代を超えた影響という視点から見直してみることも大切かもしれません。