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― 傷ついた経験は、人を壊すだけなのか ―

子どもの頃、自転車で転倒し、顔から地面にぶつけたことがあります。数秒間、何が起きたか分かりませんでした。鼻血が出て、口の中も切れていました。「人間はこんな簡単に壊れるのか」と、子どもながらに感じたのを覚えています。

私たちは普段、自分が安全であることを、半ば当然のように感じながら生きています。しかし、事故や災害、人間関係の裏切り、大切な人との別れ、いじめ、虐待、病気などを経験すると、その前提は崩れます。

「世界は安全である」
「自分は守られている」
「努力すれば報われる」

そういった“土台”が揺らぐのです。

トラウマという言葉は、「強いストレス体験による心の傷」として広く知られています。しかし近年、心理学では「傷ついたあとに、人が変化し、成長することがある」という点にも注目が集まっています。それが「トラウマ後成長(Post-Traumatic Growth: PTG)」という考え方です。

本記事では、「レジリエンス(回復力)」との違いも含めながら、トラウマ後成長についてご紹介したいと思います。


トラウマ体験は、必ずしも「悪い結果」だけを生まない

トラウマというと、多くの方は「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」を思い浮かべるかもしれません。実際、強いストレス体験は、不眠、過覚醒、フラッシュバック、回避など、深刻な影響をもたらすことがあります。

しかし一方で、同じような体験をしても、その後の変化は人によって大きく異なります。ある人は、人を信じられなくなる。またある人は、人生への意味感覚を失う。一方で、別の人は:

  • 人とのつながりを大切にするようになった
  • 自分の限界を知り、生き方を変えた
  • 本当にやりたいことを始めた
  • 他者への共感が深まった

などの変化を体験します。

もちろん、「トラウマは良いものだ」と言いたいわけではありません。苦痛は苦痛です。失われたものが戻らないこともあります。しかし、人は傷ついたあと、ただ壊れるだけの存在でもないのです。

レジリエンスとトラウマ後成長は何が違うのか

ここで、「レジリエンス」という言葉との違いを整理したいと思います。レジリエンスとは、簡単に言えば「回復する力」です。例えば、強いストレスを受けても、元の生活リズムに戻れたり、気持ちを立て直せたり、また折れても戻ってこられるなどの力を指します。

一方、トラウマ後成長は、「元に戻る」だけではありません。以前とは違う形に変化することを意味します。たとえるなら、レジリエンスは「しなる竹」のようなものです。折れそうになっても戻る。

一方、トラウマ後成長は、「地震後に建て替えられた建物」に近いかもしれません。同じ形には戻りません。しかし、以前より耐震性が高くなっていることがあります。つまり「レジリエンス → 元に戻る力」であり「トラウマ後成長 → 傷ついたことで再構築される変化」という違いがあります。

なぜ人は、傷ついたあとに変化するのか

トラウマ体験は、多くの場合、それまで当然だと思っていた世界観を壊します。頑張れば何とかなる。家族は安心できる場所だ、自分には価値がある、などの前提が崩れるのです。

すると人は、なぜあんなことが起きたのか、自分はどう生きればいいのか、本当に大切なものは何なのか、と、その体験を理解しようとします。この意味を探す過程が、人によっては人生観の変化につながります。

実際、トラウマ後成長では、以下のような変化が報告されています(Tedeschi & Calhoun, 2004)。

  • 人間関係の深まり
  • 人生への感謝
  • 新しい可能性への気づき
  • 個人的強さの実感
  • 精神性・価値観の変化

興味深いのは、これらは「苦痛が消えた」という意味ではないことです。不安や悲しみを抱えながらも、以前とは異なる形で人生を生き始めるのです。

「前より強くなった」は、本当に成長なのか

ここで注意したい点があります。トラウマ後成長は、ときに“防衛”として語られることがあります。例えば、この経験のおかげで強くなれた、だとか意味のある出来事だった、だとか、または成長できたから良かった、と。

しかし、実際には感情を感じないようにしている場合があります。つまり、「成長」という言葉を使って、傷つきそのものを見ないようにしているケースです。そのため、心理臨床では、「成長したかどうか」を急いで結論づけることはしません。

むしろ重要なのは、「苦痛を感じる余地があること」「無理に前向きにならないこと」「変わってしまった自分を少しずつ受け止めること」なのかもしれません。

トラウマ後成長を支えるもの

では、どのような要素が、トラウマ後成長につながりやすいのでしょうか。現在よく指摘されるのは、以下のようなものです。

① 安全な他者との関係

人は、一人だけで傷を整理することが難しい生き物です。安心して話せる相手、否定されずに存在できる関係性があることで、体験を言葉にしやすくなります。

② 感情を感じられること

「平気」「大丈夫」と切り離すだけでは、整理が進まないことがあります。怖かった。悲しかった。悔しかった。そういった感情を、安全な範囲で感じられることが重要になります。

③ 意味を急いで決めないこと

人は不確実なものを嫌います。そのため、「この経験には意味があった」と早く結論づけたくなります。しかし、本当に整理されるプロセスは、もっと曖昧で、時間のかかるものです。

④ 身体の安全感

近年では、トラウマ回復には「身体」が重要であることが強調されています。呼吸、睡眠、安心できる環境、落ち着ける感覚。こういった身体レベルの安全感がない状態では、人は深い整理を行いにくくなります。

まとめ

本記事では、「トラウマ後成長(PTG)」と「レジリエンス」の違いについて説明しました。

レジリエンスは、傷ついても“戻る力”です。一方、トラウマ後成長は、傷ついた体験を通して、自分自身や人生観が“変化すること”を意味します。ただし、それは「辛い経験は良いものだ」という意味ではありません。実際には、苦痛を抱えながら、以前とは異なる生き方へと移行していく過程です。

人は、傷つく存在です。しかし同時に、傷ついたあとに、新しい意味やつながりを見出す存在でもあります。「元の自分に戻れない」という感覚の中で、それでもなお、自分なりの人生を再構築していく。その営みそのものが、トラウマ後成長なのかもしれません。

参考文献

Tedeschi, R. G., & Calhoun, L. G. (2004). Posttraumatic growth: Conceptual foundations and empirical evidence. Psychological Inquiry, 15(1), 1–18. https://doi.org/10.1207/s15327965pli1501_01

Bonanno, G. A. (2004). Loss, trauma, and human resilience: Have we underestimated the human capacity to thrive after extremely aversive events? American Psychologist, 59(1), 20–28. https://doi.org/10.1037/0003-066X.59.1.20

Calhoun, L. G., & Tedeschi, R. G. (2014). Handbook of posttraumatic growth: Research and practice. Routledge.

van der Kolk, B. A. (2014). The body keeps the score: Brain, mind, and body in the healing of trauma. Viking.