人間は1人では生きられない…
この考え方は様々な場面において当てはまりますが、トラウマ体験とも関係しています。以前の投稿(PTSD症状はどのように移り変わるか)トラウマ体験後に生じるトラウマ反応(症状)は軽減していき、多くの方がPTSDを発症することはない(5.5割)、あるいは寛解(2.5割)することになります。しかし残りの2割の方はトラウマ反応の軽減が生じず、あるいは悪化してPTSD発症へと至ります。ここに「1人では生きられない」が関係してきます。
継続するトラウマ反応の中で
トラウマ反応は、やがてPTSDの症状として継続します。まずPTSDの症状をおさらいしたいと思います。大きく分類すると①思い出す②興奮する③避ける④ネガティブに感じたり捉える、です。以下以前の記事からの抜粋(一部変更)です。
思い出す
想起(侵入症状)とは、トラウマ体験を改めて(頭の中で)体験する症状を指します。これは自発的に思い出される場合も、何か思い出されるものを見聞きしたことをきっかけに、触発されて思い出すこともあります。
興奮する
トラウマ体験は危険な体験です。危険なため身体は興奮しますが、その興奮が冷めず(あるいはまた来るのではと予期するので)身体的な興奮が続きます。寝られなくなったり、イライラしたり、集中できなかったり、またはびっくりしやすくなったりする等が興奮する(覚醒症状)です。
避ける
思い出されることに非常に苦痛を感じるため、PTSDでは、トラウマ記憶を思い出させるもの全てを徹底的に避ける症状(回避症状)が現れます。交通事故を起こしてしまった人が、なかなかその場に(必要があっても)いけないで困っているという相談は数多く受けたことがあります。
ネガティブに感じたり捉える
思い出したり避けたりするため、トラウマ体験が歪んだ形で捉えられ、信じられるということが生じます。出来事の一部だけしか覚えていなかったり、事の原因を非現実的な形で捉えていたりということが生じます。また恐怖、怒り、罪悪感などネガティブな感情が継続します。
このような症状が現れるのがPTSDの状態です。ではこの症状があるとどのような瞬間瞬間の体験になるか、全ての症状が伴うと仮定したシナリオを提示します。
Aさんは、3.11の際に家族を津波にさらわれるのを目の当たりにしました。家も車も家族も失ったAさんは、学校(避難所)での生活を余儀なくされました。地元の人も避難所にいましたが、知り合いと関わる気にもなれず、1人の避難所の教室で横になって過ごす日々がしばらく続きました。
何もすることがないので、そんな生活の中では、過去の体験を思い出す機会が無限大にあります。津波に飲まれた家族の様子が、何もできずただただ見ているしかできなかった自分の在り方が、ありありと思い出されます。世界に対する無力感や、自分に対する腹立たしさ、やりきれない悲しさなどを早期に伴って体験します。感情体験は、さらに身体も興奮させ、冷静さが失われていきます。
わずかな余力を使って、そういった嫌な体験から逃れようと、別のことを一生懸命考えようとしたり、避難所の中をソワソワと動き回ったり、意識を飛ばそうと寝ようとしたりします。見かねた周囲の人たちが手助けをしようとも「何もわかっていないくせに」と手助けを跳ね除け、さらに人と関わる気もなくなり孤独になります。そして孤独の間、運命を呪い、自分や他人を責め、絶望の感じるような考えに浸ります。
こういった想起エピソードから始まる一連の体験が続くと、だんだんと見境がなくなり、感情や言動を全く制御できない状態へと発展していきます。そうなると、PTSDの発症だけにとどまらず、対人関係の問題や、あるいは法的な問題にも発展していくことになり、自分ではどうにもできない状態になるのです。
トラウマ体験をした2割の人は、上記のような状態に陥り、1人でいることがPTSDの発症、そしてその他の問題の発展へとつながります。特にPTSDの発症に関して詳しくは、過去の記事(トラウマ体験〜PTSD発症まで)を参照してください。では、トラウマ体験をした際に、私たちには何ができるのでしょうか。
ソーシャル・サポートの重要性
トラウマ体験をした人がPTSDの発症をすることを妨げる方法は、明確にはわかっていませんが、ソーシャル・サポートは有効性が期待できる方法です。ソーシャル・サポートとは、トラウマ体験者が1人でいることを妨げるための、他者の意図的な関わりを指します。
状況によって様々なソーシャル・サポートの形があると思います。そんな中で、Aさんの例のように、避難所でできそうなソーシャル・サポートをいくつかご紹介します。
- 日常会話をする
- 一緒に散歩をする
- 一緒に運動をする
- 一緒に食事する
- 一緒にゲームなどする
- 一緒に創作(絵を描いたり)する
- 一緒に他人の手助けをする
サポートの大事なポイントとして、サポートが必要な人を今の現実の生活に引き戻すということです。トラウマ体験は脳を支配し、体験者の現実感を軽減させます。半分いまを生きて、半分過去を生きているような状態へと体験者を向かわせます。トラウマ体験は過去に起きた出来事であり、今起きているわけではない。脳が今の活動へと集中すると、過去への集中が減り、状態の安定化へとつながります。それはPTSDの発祥へつながる道を閉ざすことにもなります。
トラウマ体験とは関係のない、今の生活について話をし、一緒に何かの活動をする。そういう周囲の関わりが、体験者を現実へと引き戻すきっかけにもなりましょう。
本記事のまとめ
本記事では、PTSD発症を防ぐためにできることについて述べました。トラウマ体験者が1人でいることが、トラウマ反応の継続に関係があると考えられているため、その人を1人にしない「ソーシャル・サポートの提供」がPTSD発症を防ぐために役立つでしょう。