「今もあの瞬間の映像が頭から離れない」「ちょっとした音で体が固まってしまう」。
トラウマを体験した人は、その出来事が終わった後もなお、心や体に強い反応を抱え続けることがあります。出来事そのものは過去に終わっているのに、心の中では現在進行形のように再体験されてしまう――。これが、心理学でいう「トラウマ反応」です。
では、そもそも「トラウマ」とは何を意味するのでしょうか。この記事では、その定義や誤解されやすいポイントを整理します。
心理学的な定義
心理学や精神医学において、トラウマ(trauma)とは「極度の恐怖や無力感を伴う出来事によって、心身に深い傷を残した状態」を指します。
ここで重要なのは、「出来事そのもの」ではなく「その出来事が人に与えた影響」がトラウマだという点です。
例えば、同じ事故に遭っても、Aさんは数週間で落ち着きを取り戻せる一方、Bさんはフラッシュバックや強い不安が続くことがあります。このように、トラウマは出来事の大きさや客観的な危険度ではなく、その人の主観的体験や脆弱性との相互作用で形づくられるのです。
外傷体験とトラウマ反応の違い
「トラウマ」と「外傷体験」はしばしば混同されます。
外傷体験(traumatic event)は「事故・災害・暴力などの強いストレス出来事」を指す言葉です。
一方、トラウマ反応(trauma response)は、その体験が心身に残し続ける影響を意味します。
つまり、外傷体験をしても全員がトラウマを抱えるわけではありません。
また、出来事の規模にかかわらず、小さな出来事でも人によっては強いトラウマとなり得ます。
この違いを知ることで、「あんな出来事で弱いなんて」と自分を責める必要がないことが分かります。
誤解されやすいポイント:「弱さ」ではない
トラウマについてよくある誤解の一つは、「心の弱い人だけがトラウマになる」という考えです。
しかし、これは科学的には正しくありません。
トラウマ反応は、脳や神経が「生き延びるために働いた結果」として起きるものです。
たとえば、強い恐怖の場面で心拍数が上がるのは正常な反応であり、出来事が終わった後も脳が「危険はまだ去っていない」と学習してしまうことで、トラウマ症状が続くのです。
つまり、トラウマは「弱さの証拠」ではなく、「人間の自然な防御反応が働いた痕跡」だと理解できます。
まとめ
本記事では、「トラウマとは何か?」について整理しました。
- トラウマは出来事そのものではなく、その出来事が残す心理的影響を指す
- 外傷体験とトラウマ反応は区別される
- トラウマは弱さではなく、人間の防御反応の延長である
このように整理することで、「自分はおかしいのではない」と思える安心につながります。
参考文献
American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.).
van der Kolk, B. (2014). The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma.