…19歳の誕生日を迎えた翌日、(ジェシーは)午前3時半に目が覚めた。ひどく寒く、凍えそうだった。毛布を何枚も重ねたが、体は一向に暖まらなかった。眠れないまま三時間が過ぎた。寒く、疲れていただけではなく…眠ったら何か恐ろしいことになるのではないか、という不安だ。
…父親の兄の悲劇的な死について母親から聞いたことを明かした。その叔父については、存在さえ知らなかった。叔父は、カナダのノースウエスト準州イエローナイフのすぐ北で、冬の嵐の日に送電線を点検していて凍死した。まだ19歳という若さだった。…吹雪の中、低体温症のせいで意識を失い、うつ伏せに倒れた状態で発見された(p24-25:「心の傷は遺伝する」より)。
この例では、19歳になったジェシーは、叔父のトラウマ体験(19歳で凍死した)を再体験していることを物語っています。このような例は稀で、まだ科学的には十分説明つきませんが、特に両親のトラウマ体験が子どもに伝わることは科学的にわかっています。このようにトラウマが世代を超えて伝わることを「連鎖」と呼びます。この連鎖は①産まれる前の親のトラウマ体験②子宮内環境③産まれた後の環境、によって生じるとされています。本記事では②子宮内環境によるトラウマの連鎖についてご紹介したいと思います。
子宮内環境を通じてトラウマが連鎖する仕組み
出産前に何かしらの理由でトラウマ体験をした女性から、出産を通じて、そのトラウマの影響が子に伝わることがあります。まずは図(Krotira, Cruceanu, and Binder, 2020)をご覧ください。図には①出産を通じてトラウマが連鎖する仕組みと、そして②出産を通じてトラウマが連鎖した結末について記してあります。まずは①トラウマが連鎖する仕組みからお伝えします。
出産を通じてトラウマが連鎖する仕組み
トラウマ体験は、その症状でも認められるように、体験者の生理学的な機能を変えてしまいます。一言で言うと、よりストレス反応を体験しやすくなります。ストレスの生理学としては、コルチゾール(ストレスホルモン)がよく知られています。そのコルチゾールが出産を通じてトラウマが連鎖する鍵となるのです。
トラウマ体験をし、それに悩む母親が子を身ごもる場合、高濃度のコルチゾールが子宮内に入り込みます。そして子宮内の高濃度コルチゾールが、臍の緒を通じて子の体内に入り込みます。コルチゾールの量が一定範囲内でしたら、それを防ぐ仕組みも備わっているので、健康的な母体の場合は、コルチゾールによる子への影響は生じません。ただ、トラウマ体験を負った母親の場合は、コルチゾール量が多く、胎児はそれに晒されてしまうのです。
コルチゾール(ストレスホルモン)にさらされた胎児は、自分がこれから産まれ出る世界が危険であると、物質によって植え付けられます。こうして産まれ出てきた子は、コルチゾールの影響が少ない子と比べ、危険に対して敏感であり、その分ストレス反応が生じやすい体質になります。
出産を通じてトラウマが連鎖した結末
このように、コルチゾールの影響を受けて産まれてきた子は、危険に敏感になります。その結果、図の左側に示されているよう、ストレス反応の程度や頻度が高くなり、多動や注意の欠陥などで特徴づけられるADHD(発達障害)と診断されることもしばしばあります。また難しい子として、子育ての中で虐待体験をすることもあります。環境が悪くなかったとしても、うつ病を発症したり、また出来事に対してトラウマ体験をより敏感にするようになります。そのような体質の中でも生きていくために、薬物(アルコールなど)の乱用に陥ることもあることが分かっています。
本記事のまとめ
本記事では、トラウマ体験が出産を経て子へ伝わるメカニズムとその結末についてお伝えしました。母体内の高濃度コルチゾール(ストレスホルモン)が臍の緒を通じて子の体内へと入り込み、コルチゾールにさらされた子は、産まれる前から世界を危険だと思います。そのため、危険に対して敏感となり、うつを含む様々な問題を呈しやすいことが示唆されています。