トラウマ症状とは(子ども)でも書きましたが、トラウマとは心の傷を指し、心身への害、あるいは恐怖が伴う出来事への暴露の際に生じるものです。特に子どもにおいては、強い恐怖心や無力感を感じるような体験によりトラウマが生じます。虐待、ネグレクト、家庭内暴力、両親の離婚などによる別れ、死別、学校や地域で体験や目撃をする暴力、大きな怪我や事故、重篤な疾患などが一般的にはそういった体験にあたります。
私自身、子どもの頃に目の前で車の追突事故を目撃したことがあります。幸い運転手含め乗車していた人たちは無事でしたが「ガシャン」という大きな音と共に、衝突した車両方とも車体が1/4ほど潰れる瞬間を目撃しました。私自身はその事故には全く関与していませんが、その光景が今も記憶にあり、思い出すとゾッとすることもあります。
子どものトラウマ体験は全く稀ではありません。昨今では日本でも1000人に1.47人が離婚をしていますし、仕事に追われる共働きの夫婦の子どもは、ある程度のネグレクト(特に感情的ネグレクト)を体験もします。日本では、地震やそれに伴う津波が後をたたず、子どもはそういった情報に過剰に暴露される傾向にあります。
こういった幼い時のトラウマ体験は、症状としてすぐに現れますが、多くの場合症状が長続きすることはありません。一方で、程度や頻度、そして体験時の状態などから、トラウマ体験が大人になった後も影響を与え続ける場合もあります。本記事では、幼少期のトラウマ体験とその影響に関する膨大な量の研究を、まとめて分析した研究(Kamkar, et al., 2023)の結果をご紹介したいと思います。
脳画像研究のメタ分析
幼少期のトラウマ体験と大人になってからの脳活動に影響を与える。これが、2023年に学術界の最高峰と考えるアメリカ医学学会誌(JAMA)に掲載された研究の結論です。この研究では、83ものfMRIを用いたトラウマ体験に関する脳画像研究が、まとめて分析されました(メタ分析)。具体的には、トラウマ体験と大人になってからの、感情、制御(感情、思考、行動のコントロール)、記憶、報酬に関する脳の活動についての関連が分析されたのです。すると、幼少期にトラウマ体験をした被験者たちには、これらの違った脳活動に一貫した傾向が見られました。それは「扁桃体の活動過剰」と「前頭前皮質の活動不足」です。
扁桃体の活動過剰
扁桃体(画像の赤部(右)の部位)は、危険を検出し、身を守るための行動を起こすことに関与する脳の部位です。そのため過去の脳画像研究でも、トラウマの精神疾患であるPTSDと扁桃体の活動過剰の関係が見出されていました。この研究でも過去のトラウマ体験と大人になった際の扁桃体の活動過剰の関係が見出されました。つまり、幼少期にトラウマを体験すると、危険を見出し身を守るための行動を、より頻繁にしがちになる可能性があるということです。例えば、突然の大きな音に過剰にびっくりとし心臓がバクバクして、強い怖さを体験し、その場からすぐに離れようとするなどです。また、人に言われた曖昧な言葉をネガティブに捉え、そのことに長い時間とらわれたりするのも、扁桃体の活動過剰に関連するでしょう。
前頭皮質の活動不足
前頭皮質は脳の前方の広い部分を指します(画像の赤部(左)の部位周辺)。具体的な部位によって、関与する活動は異なります。特におでこの奥のあたりに背外側前頭前野(DLPFC)は、実行機能に関与します。実行機能とは人間らしい脳活動であり、計画、段取り、見積もり、優先順位、効率性、柔軟性、学習、感情や言動のコントロールなどの能力です。この研究では、幼少期のトラウマ体験と、この部位の活動不足が関係していることを見出しました。つまり、幼少期にトラウマ体験をすると、大人になってから実行機能に問題をきたし、上記の能力を発揮できなくなったり、特に扁桃体のコントロールが不足し、上記で説明したような扁桃体の活動過剰が生じると考えられています。
本記事のまとめ
本記事では、幼少期にトラウマ体験をすると、大人になってからの脳活動にどの様な影響を与えるかについて、近年のメタ分析の結果を通じてお伝えしました。幼少期のトラウマ体験は、扁桃体の活動過剰と、前頭前皮質の活動不足に関係しており、感情や行動のコントロール困難など、さまざまな支障をもたらすことが示唆されています。
Hosseini-Kamkar N, Varvani Farahani M, Nikolic M, et al. Adverse Life Experiences and Brain Function: A Meta-Analysis of Functional Magnetic Resonance Imaging Findings . JAMA Netw Open.2023;6(11):e2340018. doi:10.1001/jamanetworkopen.2023.40018