~質的研究が明かす、パニックの瞬間の内面世界~
パニック発作を体験した人の多くが、「あのとき、自分の頭の中はもうめちゃくちゃだった」と語ります。突然の動悸、息苦しさ、死ぬのではないかという恐怖。そのすべてが数分のうちに押し寄せ、何が起きているのか分からないまま、ただただ圧倒されてしまう――。
そのような内面の世界を、学術的に丁寧に調べようとした研究があります。心理学者Hewittら(2014, 2020)は、パニック発作の最中やその前後で、人はどんなことを考え、何を感じているのかを、当事者の言葉をもとに詳細に分析しました。
この記事では、彼らの質的研究をもとに、「パニック発作のとき、頭の中で起きていること」を紹介します。それを知ることで、「自分だけが変なのではない」と安心できたり、「次に備えてこう考えればいいのか」とヒントになるかもしれません。
「体の変化」と「解釈の連鎖」が発作を生む
Hewittらの研究で明らかにされた一つの大きな特徴は、「体に起きたちょっとした変化を、ネガティブに解釈する連鎖」が、発作を悪化させるという点です。
例えば、以下のような思考の流れです:
「あれ?今ちょっと胸がドキドキしてる……なんで?」
→「やばい、また来るかも……」
→「このまま倒れたらどうしよう」
→「電車の中だし、誰も助けてくれないかも……」
→「もう逃げられない、怖い!!」
このように、体の小さな違和感(たとえば心拍の上昇やめまい)に対して、「これは発作の始まりだ」と解釈することで、さらに不安が強まり、実際に発作が引き起こされてしまうのです。
Hewittらはこれを「誤った危機解釈(misappraisal of threat)」と呼びました。つまり、体の反応そのものではなく、それを“どう解釈するか”がパニックの鍵だというわけです。
「安心」の喪失が、恐怖を倍増させる
もう一つ重要なことは、「逃げ場がない」「誰も助けてくれない」という感覚が、発作を悪化させるという点です。
Hewittらの参加者の一人はこう語っています:
「家にいてもダメなんです。ここにいても助けは来ないって思った瞬間、体がバラバラになるような感覚になって、もうどこにいてもダメなんだって……」
このような“孤立感”や“見捨てられ感”が、「このまま死ぬかも」という恐怖に拍車をかけます。
つまり、パニック発作は「体の反応」+「思考の暴走」+「安全の喪失」が重なり合って、一気に制御不能になるというプロセスをたどるのです。
思考の「視野狭窄」と「全か無か」
発作中の思考は、柔軟さを失い、「白か黒か」「今か死か」といった極端なパターンに陥りがちです。これも、Hewittらが何度も指摘したポイントです。
たとえば:
「今ここで呼吸が戻らなかったら、私は死ぬ」
「発作がまた起きた。もう一生治らないんだ」
「誰にも分かってもらえない。私は完全におかしくなったんだ」
こうした思考の特徴を、「認知の収縮(cognitive constriction)」といいます。不安が高まると、人の思考はグッと狭くなり、“最悪のシナリオ”だけが浮かぶようになってしまいます。
発作中の「頭の中」を知る意味
こうした研究が意味するのは、発作中に起きていることは「非合理なことではない」ということです。すべての思考や感情には背景があり、順序があり、理由があります。
たとえば:
- 「ドキドキしている」→「怖い」→「逃げたい」となるのは自然な反応です。
- 「誰も助けてくれない」と感じるのは、それだけ「助け」が必要だった証です。
- 「死ぬかも」と思うのは、「生きたい」という強い気持ちの裏返しです。
つまり、発作の中にある混乱も恐怖も、「理解できる思考プロセス」だということが、質的研究から見えてくるのです。
対処につながるヒント
このような視点から、パニック発作に向き合うヒントは以下のようにまとめられます:
- 「これは思考の連鎖だ」と気づくこと
- 「今の解釈が全てではない」と一歩引いて見てみること
- 「助けが必要」と感じたら、誰かとつながってみること
- 発作のあと、自分の思考をふり返って書き出してみること
これらは、発作を「理解可能な現象」にしていく第一歩になります。
まとめ
本記事では、Hewittらの質的研究をもとに、パニック発作の「頭の中」で起きている思考プロセスについて解説しました。そこでは、「体の変化へのネガティブな解釈」「安心の喪失」「思考の視野狭窄」が、発作を引き起こし、強める要因となっていることが明らかにされました。
発作は決して「突然」でも「不可解」でもなく、そこには思考の順序や感情の理由があります。それを理解することが、「次に備える力」を育て、「自分はおかしいのではない」と思える安心につながるのです。
参考文献
Hewitt, S. N., Egan, S. J., & Rees, C. S. (2014). Cognitive processes in panic disorder: A review of the empirical literature. Clinical Psychology Review, 34(6), 495–505.
Hewitt, S. N., White, S. W., & Rees, C. S. (2020). Metacognitive beliefs in panic disorder: A qualitative investigation. Behaviour Change, 37(2), 99–115.