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心に効く最新の情報 BLOG

3.11が起きた1ヶ月後、僕は宮城まで高速をバイクで飛ばしていました。津波が全てを攫っていく様をテレビで何度も見、とても大変なことが起きた、そう思っていました。そんな中で、ひどい恐怖の中にいる人たちがたくさんいると思うと、居ても立ってもいられませんでした。

目的地に着くと、海辺は全て破壊されていました。元水産加工物の工場からは魚介類の腐った匂いがあたり一面に漂っていました。僕は少人数で構成されたボランティア・チームの一員として、避難所である学校に近いヒビがたくさん入ったアパートの1室をかしてもらい、仮の相談室としました。部屋は、津波でガラスが割れ、そして泥で満たされていました。そこは、4000人以上が亡くなった、東日本大震災のグランド・ゼロと言える場所でした。

昼は避難所を周ったり、仮の相談室でトラウマ処理のカウンセリングを行いました。夜は避難所の一角に相談所を設けさせてもらい、夜中まで被災された方たちの話を聞かせてもらいました。学校の校庭では、自衛隊の方達が炊き出しを行ったり、また仮設お風呂を作り、被災者の方達の命を繋ぐ活動をされていました。僕は自らの活動から、またその地で数日間生活したその中から、地域の方たちは、そのほとんどが大変ショッキングで形容し難い苦痛な体験をされたことを自覚しました。

震災から7年後、その被害を受けた方達の状態、具体的にはPTSDの罹患率を調べました(Saito et al., 2022)。その結果は、欧米の知見を映し出すような結果でした。PTSD症状はどのように移り変わるか、でも述べた様、僕自身その大きな爪痕を目撃した「あれ程の体験」をしたにも関わらず、多くの方がPTSDを発症することはない(54.8%)、あるいは寛解(24.6%)しました。

トラウマ反応の継続

トラウマ体験後には、そのストレスにより様々な症状が現れることがわかっています。それらの症状はショッキングな体験(例えば地震と津波に伴う体験)の後に生じる自然な心身の反応です。そして上記の調査からも分かるように、それらの自然な反応は多くの人(約80%)においては、時間と共に軽減していくことが分かっています。しかし残りの20%の人に関しては、軽減が生じなかったり、悪化したり、あるいは良くなったり悪くなったりを繰り返すことも分かっており、それらはPTSD、あるいは部分的なPTSDの症状として継続します。

そのため、まずPTSDの症状をおさらいしたいと思います。大きく分類すると①思い出す②興奮する③避ける④ネガティブに感じたり捉える、です。以下以前の記事からの抜粋(一部変更)です。

思い出す

想起(侵入症状)とは、トラウマ体験を改めて(頭の中で)体験する症状を指します。これは自発的に思い出される場合も、何か思い出されるものを見聞きしたことをきっかけに、触発されて思い出すこともあります。

興奮する

トラウマ体験は危険な体験です。危険なため身体は興奮しますが、その興奮が冷めず(あるいはまた来るのではと予期するので)身体的な興奮が続きます。寝られなくなったり、イライラしたり、集中できなかったり、またはびっくりしやすくなったりする等が興奮する(覚醒症状)です。

避ける

思い出されることに非常に苦痛を感じるため、PTSDでは、トラウマ記憶を思い出させるもの全てを徹底的に避ける症状(回避症状)が現れます。交通事故を起こしてしまった人が、なかなかその場に(必要があっても)いけないで困っているという相談は数多く受けたことがあります。

ネガティブに感じたり捉える

思い出したり避けたりするため、トラウマ体験が歪んだ形で捉えられ、信じられるということが生じます。出来事の一部だけしか覚えていなかったり、事の原因を非現実的な形で捉えていたりということが生じます。また恐怖、怒り、罪悪感などネガティブな感情が継続します。

なぜPTSDを発症するか

では、なぜ上記のようにトラウマ反応からPTSD発症に至るのでしょうか。詳細は分かっていませんが、リスク要因としてわかっているものは、次の通りです(Sareen, 2014)。トラウマ体験以前の要因、トラウマ体験時の要因、そしてトラウマ体験後の要因と別れています。以下時期ごとに分けて紹介します。

トラウマ体験前の要因

トラウマ体験前の要因は、トラウマ体験をする前に、どのような状態や状況にいたか、と言うことを示しています。特定されている要因:

  • 女性
  • 低いIQ(認知機能)
  • 以前のトラウマ体験
  • 以前の精神疾患
  • 人格の要因(神経症傾向や回避型の性格)
  • 遺伝

トラウマ体験時の要因

トラウマ体験時の要因は、トラウマ体験をしている最中に、どのような状態であるか、と言うことを示しています。特定されている要因:

  • 死を意識する
  • 意図されたトラウマ体験
  • トラウマ体験の重篤度
  • 怪我を伴うトラウマ体験

トラウマ体験後の要因

トラウマ体験後の要因は、トラウマ体験をした後に、どのような状態や状況にいたか、と言うことを示しています。特定されている要因:

  • 高い心拍
  • 社会的サポートの欠如
  • 家計に伴うストレス
  • 痛みの強さ
  • 集中治療室での治療
  • 脳へのダメージ
  • トラウマ体験時の解離
  • PTSD症状(〜1ヶ月の間は急性ストレス障害と呼ばれる)
  • 身体障害

以上が大雑把なところの要因でした。いずれも、どうしようもない(例えば女性であるなど)要因であり、どうにもPTSD発症を防ぐには役立たない情報のように思われます。そんな中で、心理学からは、1つの仮説が提唱されています。それは、周囲や本人の意思によって「どうにかなる」要因に目を向けたもので、トラウマ体験者が「自分や周囲が何かすることでPTSDの発症を防ぐことができるかもしれない」と考えられるものです。それはトラウマ体験後にできることであり、トラウマ反応をどのように評価するか、と言うことに関連します。

対処(コーピング)方法の種類を変容する

対処(コーピング)とは、特にストレス反応を問題だと捉え、それをどうにかするために扱うことを指します。言葉から、それは良いことだと思えることかもしれませんが、対処することがいつも良い結果を招くわけではありません。例えばトラウマ反応として、身体の興奮が挙げられ、これに伴う不眠は、人の機能前半に影響を与える大きな問題です。この不眠をどうにかしようと、あれこれしようとしても、心は頭の言うことを聞くわけではなく、することが不毛なだけでなく、さらに不眠を悪化させることにもつながります。

このように対処には適応的なもの(役立つもの)と不適応なもの(役立たないもの)があると言われています。トラウマ反応〜PTSDの発症に至るまでに、不適応なコーピングが生じているのではないか、と認知心理学では仮定されています(Calhoun et al., 2022)。それらの不適応なコーピングは2つあります。1つが考え込む(反芻)、2つ目が避ける(回避)です。それぞれ説明しましょう。

考え込む(反芻)

考えることは、問題を特定し解決のための計画を立てるために役立つことです。ただ、それは物理的な問題に関しては有効なことで、概念で作られた問題(心の問題)には無効なことが多い活動です。特にストレス反応があると、認知機能が鈍り、問題の特定や解決策への計画などの、前向きな活動よりも、認知の偏りと呼ばれるネガティブな思考が生じがちになります。その中で「自身に対するネガティブな決めつけ」がPTSDを発症させる1つの要因だと考えられています。以下具体例です。

  • もう私の人生終わった
  • 昔の良かった頃には絶対戻れない
  • 俺はおかしくなってしまった
  • 僕は本当にダメな奴だ
  • 昔は幸せだったなぁ…
  • 自分がわからない
  • 寂しい
  • あの事のせいで俺の人生台無しだ
  • 私の中の時間が止まっているよう…
  • 自分を信用できない
  • もう元には戻れない身体になった
  • 俺そのうち怒り狂うかも…
  • 自分がコントロールできない

避ける(回避)

避けることはPTSD症状の1つでもあります。誰でも命に関わる危険なことは避けたいと感じるものです。例えば自分が運転する車で交通事故を起こしてしまい、身体に大きな怪我を負ってしまったとしたら、身体が治った後でも、車の運転は怖いものです。怖いので、運転をしないようにします。これは生きることが前提の動物としては自然なことですが、これをしているとトラウマ記憶の情報が更新されずに、怖いままのものになってしまいます。

これら2つのコーピングを行うことによって、トラウマ反応の軽減が起きず、そしてPTSD発症につながる可能性が仮定されています。では私たちはPTSDの発症を防ぐために、何をすれば良いでしょうか。単純な答えはありませんが、心理学的な視点からは、トラウマ体験者を1人にしない、と言うことです。1人になると、考え込む時間が増えます。そして生き物の傾向としての回避も起きます。無理強いはしませんが、周囲の人たちと、できるだけ日常の生活を送ること、その中で考え込むことを防いだり、そのような発言に対して、理解を示しつつも、なだめてネガティブなことを思い込ませないようにしたり、またすこし背中を押して回避を避けたりすることが役立つでしょう。

本記事のまとめ

本記事では、トラウマ反応がどのようにPTSD発症につながるのか、と言う点について述べました。さまざまなリスク要因はありますが、トラウマ反応後にネガティブな決めつけをしてしまったり、嫌なものを過度に裂けるという不適応なコーピングが、PTSDを発症させる1つの要因となることが仮定されています。そんな中で、トラウマ体験者をできるだけ1人にせず、不適応なコーピングをしなくて済むような形で人が関わることで、PTSD発症を食い止めることができるのではないかと思われます。