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なぜ思い出せないことがあるのか?/フラッシュバックの仕組み/記憶が断片化する理由
トラウマとは、心身に重大な恐怖や無力感をもたらす出来事によって生じる「心の傷」です。幼少期のトラウマに限らず、強いストレス体験は“記憶”にも深い影響を与えることが知られています。
「思い出せない記憶がある」「突然フラッシュバックする」「出来事の記憶がつぎはぎのように断片的」――こうした現象は、トラウマと脳の仕組みが密接に関係しています。
本記事では、最新の脳科学研究や心理学の知見をもとに、トラウマと記憶の関係についてわかりやすく解説します。
なぜ思い出せないことがあるのか?
強烈なストレス体験のあと、「何が起きたか思い出せない」「部分的にしか覚えていない」ということがあります。
これは「記憶が弱いから」ではなく、脳のメカニズムによる保護反応です。
● 扁桃体の“危険シグナル”が強すぎると、記憶の処理が止まる
恐怖の体験時、扁桃体という脳の部位が急激に活動し、「危険だ!」と身体を守るモードに切り替えます。
すると、通常であれば記憶の整理を行う海馬(新しい記憶の保存に重要な領域)の働きが一時的に弱まることがあります。
その結果、
- 記憶がうまく保存されない
- 体験が“記録途中で止まる”
- 出来事に関する時系列が崩れる
といった状態が起こるのです。
● 思い出せないことは「脳が壊れた」わけではない
これは脳が「あなたを守るため」に行う反応です。
もし全てを鮮明に記憶すると、精神的な負荷に耐えられなくなる可能性があるため、脳はあえて“覚えすぎない”ようにします。
フラッシュバックの仕組み
一方で、思い出したくないのに突然強烈な情景がよみがえる「フラッシュバック」も、トラウマの代表的な症状です。
● 過去の出来事が“今ここ”で起きているように感じる理由
フラッシュバックは、恐怖体験の記憶が感情と感覚のレベルで未処理のまま残っていることで発生します。
通常の記憶は時間軸に沿って整理され、「過去の出来事」として保存されます。しかしトラウマ記憶は、脳が危険を感じていたために整理できず、
- 音
- 匂い
- 風景
- 身体感覚
などと強く結びついたまま保存されることがあります。
そのため似た刺激に触れると、脳は「また危険が起きた!」と判断し、映像・身体反応が当時のまま再生されてしまうのです。
● フラッシュバックは記憶を忘れているからこそ起きることも
皮肉にも、トラウマ体験を“思い出せない”部分が多いほど、脳内では未処理の記憶が残り、フラッシュバックが起きやすくなることがあります。脳が未処理の断片を統合しようとして、突発的に記憶を再生してしまうのです。
記憶が断片化する理由
トラウマで記憶が「つぎはぎ」になる、状況の順番がわからない、場所や言葉だけ抜け落ちている――これらは珍しいことではありません。
● 強いストレスが記憶の“編集作業”を妨げる
通常、私たちの脳では、
- 体験する(扁桃体など)
- 記録する(海馬)
- 意味づけして整理する(前頭前皮質)
というステップで記憶が作られています。
ところが、強烈なストレス下では、
- 扁桃体が過剰に興奮
- 海馬の機能が低下
- 前頭前皮質(思考・整理の部位)が働きづらくなる
という「記憶の交通渋滞」が起きます。
その結果、
- シーンは覚えているが順番がわからない
- 感情は強烈だが言葉にできない
- 音だけ記憶に焼き付く
- 自分の視点か外から見た視点か曖昧になる
といった“断片的な記憶”が生じます。
● 断片化はトラウマの特徴的なサイン
こうした断片化した記憶は、通常のストレスや日常の忘却とは異なり、トラウマ記憶の特徴です。
研究でも、幼少期のトラウマを経験した人は、感情と記憶の処理をつかさどる脳領域の連携が弱くなることが報告されています。
本記事のまとめ
本記事では、トラウマが記憶に与える影響について、脳科学の視点から解説しました。
- 強い恐怖体験時、脳は生存を優先するため、記憶の整理を停止する
- その結果、「思い出せない」または「突然よみがえる(フラッシュバック)」が生じ得る
- 記憶が断片化するのは、扁桃体・海馬・前頭前皮質の連携が乱れるため
- これらは脳の異常ではなく、防御反応として自然に起こる
トラウマによる記憶の混乱は、本人のせいではなく、脳の仕組みに由来するものです。
理解が進むことで、自責感が軽減されたり、適切なサポートに繋がりやすくなるでしょう。