子どもの頃、クラスで誰かが突然泣き出したり、怒り出したりする場面に出くわしたことがあります。そのとき周囲は「わがまま」「気にしすぎ」「変わっている」といった言葉で片づけていました。しかし今振り返ると、それは単なる性格の問題ではなく、見えない苦しさや負荷に対する反応だったのかもしれません。
私たちは、理解できない反応や振る舞いに対して、意味づけを急ぐ傾向があります。そしてその意味づけが、時に当事者をさらに孤立させてしまうことがあります。
日々のカウンセリングの中で、トラウマを抱えたクライアントさん、患者さんは、「自分が弱いから」「うまくやれないから」と、自分自身を責める言葉で語ることが少なくありません。しかし実際には、それらの反応の多くは、過去の体験に適応した結果として生じているものです。
本記事では、トラウマと社会の関係、特に職場や学校における理解不足がどのような問題を生み出すのかについて整理していきます。
■ トラウマと社会のすれ違いに関する主流の考え方
トラウマは、個人の内部に存在する問題として扱われることが多い領域です。つまり、「過去の出来事によって心に傷が残り、それが現在の症状として現れる」という理解です。
しかし近年では、トラウマ反応は単なる「記憶の問題」ではなく、神経系の適応反応であると考えられています。過去に危険な状況に置かれたとき、身体は生き延びるために過敏になり、その状態が持続しているという理解です(van der Kolk, 2014)。
この視点から見ると、トラウマ反応は「異常」ではなく、「過去には合理的だった反応が現在の環境では適応しにくくなっている状態」と言えます。
しかしここで問題となるのが、社会側の理解です。職場や学校では、多くの場合、このような前提が共有されていません。そのため、トラウマ反応は以下のように誤解されやすくなります。
・集中できない → やる気がない
・人との距離が近すぎる/遠すぎる → 協調性がない
・急な不安や動揺 → 情緒不安定
・回避行動 → 怠けている
このような解釈がなされることで、当事者は「適応できない人」として扱われ、さらにストレスが増大していきます。
■ 職場や学校で起きる悪循環
トラウマを抱えた人が理解されない環境に置かれると、次のような悪循環が生じやすくなります。
① 過覚醒・回避などの反応が出る
② 周囲がそれを否定的に評価する
③ 評価されること自体がストレスとなる
④ 神経系の緊張がさらに高まる
⑤ 反応が強くなる
このプロセスの中で重要なのは、「環境が症状を維持・強化してしまう」という点です(Herman, 1992)。
■ 当事者が教えてくれたもう一つの視点
ここからは、トラウマと社会の関係について、当事者の語りから見えてくる別の視点を紹介します。
それは、「問題は反応そのものではなく、その反応が理解されないことにある」という考え方です。
多くのクライアントさんが共通して語るのは、「つらさそのものよりも、それをわかってもらえないことの方が苦しい」という点です。
このような体験は、「安全に他者とつながること」の困難さとも関係しています。ポリヴェーガル理論では、人は安全を感じられるときにのみ社会的関わりを保つことができるとされています(Porges, 2011)。
理解されない環境は、この「安全」の感覚を損ない、結果として孤立や防衛的な反応を強めてしまいます。
■ 理解不足がもたらす具体的な影響
職場や学校での理解不足は、次のような形で影響を及ぼします。
・安全感の低下
常に評価や否定を意識するため、安心して過ごせる時間が減る
・自己認識の歪み
「自分はおかしい」「ダメだ」という認識が強化される
・回避の拡大
人や場所を避けるようになり、行動範囲が狭くなる
・二次的な問題の発生
うつ状態や不安障害など、別の問題が重なる
これらは、トラウマそのものというよりも、「環境とのミスマッチ」によって生じている部分が大きいと言えます。
■ では、何が必要なのか
トラウマへの対応として重要なのは、個人の変化だけでなく、環境側の理解と調整です。
すべての職場や学校が専門的な知識を持つことは難しいかもしれません。しかし、少なくとも次のような視点を持つことは可能です。
・反応には理由があるかもしれないと考える
・「なぜできないか」ではなく「何が起きているか」に目を向ける
・安全に関わることを優先する
こうした姿勢があるだけでも、当事者の体験は大きく変わります。
■ まとめ
本記事では、トラウマと社会の関係、特に職場や学校における理解不足がもたらす問題について整理しました。
主流の考え方では、トラウマは個人の内部の問題として扱われることが多いですが、実際には社会との相互作用の中で、その影響が強まることが少なくありません。
理解されない環境は、症状そのもの以上に当事者を苦しめ、悪循環を生み出します。一方で、わずかな理解や関わり方の変化が、その循環を断ち切るきっかけにもなります。
トラウマを「個人の問題」として閉じるのではなく、「関係の中で起きている現象」として捉えること。それが、支援の質を大きく変える視点になるのではないでしょうか。
■ 参考文献
Herman, J. L. (1992). Trauma and Recovery. Basic Books.
Porges, S. W. (2011). The Polyvagal Theory: Neurophysiological Foundations of Emotions, Attachment, Communication, and Self-regulation. W. W. Norton & Company.
van der Kolk, B. A. (2014). The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma. Viking.
McEwen, B. S. (2007). Physiology and neurobiology of stress and adaptation: Central role of the brain. Physiological Reviews, 87(3), 873–904. https://doi.org/10.1152/physrev.00041.2006
Teicher, M. H., & Samson, J. A. (2016). Annual Research Review: Enduring neurobiological effects of childhood abuse and neglect. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 57(3), 241–266. https://doi.org/10.1111/jcpp.12507