まるで濡れた膜か何かが覆っているかように、じとっと身体中の肌が湿る梅雨のある夕方。Cさんは、やり場のない不満を抱えながら、発車直前のベルがなるドアへと駆け込んだ。滑り込みセーフで乗車をしたものの、小走りに階段を駆け降りたせいか、秘めている憤りのせいか、身体がやや昂っているのを感じた。そして、車内には人々の壁。熱と湿気。そして半乾きの洗濯物から漂うような、非常に嫌な匂い。
ドア付近の手すりをなんとか掴み、息を整えようと汗を止めようと試みるも、こう何もかも不快な条件が揃っていると、身体は落ち着かない。むしろ、さらに身体が興奮してくるのをCさんは感じた。
え…何これ?
そう思った瞬間、鼓動が瞬時に速くなりさらに汗も吹き出し、そして息が苦しくなってきた。
やばい、死ぬかも…。
そう思い、その場に座り込む。座席シートの端に座っていた、気の良さそうな中年女性が、Cさんに声をかけた。
「大丈夫ですか?座ってください」
周囲の人々の壁は、迷惑そうに立ち位置をずらし、Cさんとこの中年女性が入れ替わるのを、少なくとも邪魔はしなかった。
Cさんは惨めだった。恥ずかしかった。悲しかった。
次の駅に着くと、その中年女性にお礼も言う余裕もなく、ドアから飛び出し、駅のベンチに倒れ込んだ。
やっと息が吸える…。助かった…。
そう思うCさんの目からは涙がとめどなく流れていた。
パニックの問題を抱える方が体験する典型的なシナリオです。私(タカ心理学博士)は、こういった苦しみを味わった人たちを数多く救ってきました。その経験から、この問題で今まさに苦しんでいる人たちに「パニックを治すために必要なこと」をお伝えしていきたいと思います。以下本記事の目次です。
パニックとは?
日常会話でも頻繁に使われる言葉ではありますが、私たち専門家が意味する、そしてこの問題に苦しむ人たちが意味するパニックとは一体どのようなものでしょうか。
パニックとは、この問題に関連する現象の総称のような言葉、いわばスラング(俗語)です。正式には、次の3つが含まれています。それらは①パニック発作②パニック障害③広場恐怖症、です。
パニック発作
パニック発作とは、上記のCさんの例で言うと、その場で起きた身体の強い興奮/鎮静と恐怖を伴う嫌な体験です。人によっては「突然に(out of the blue)」生じるものであり、人によっては予期して起こるものです。具体的には次のような症状が生じるとされています(DSM-5より)。
- 動悸、心悸亢進、または心拍数の増加
- 発汗
- 身震いまたは震え
- 息切れ感または息苦しさ
- 窒息感
- 胸痛または胸部の不快感
- 嘔気または腹部の不快感
- めまい感、ふらつく感じ、頭が軽くなる感じ、または気が遠くなる感じ
- 寒気または熱感
- 異常感覚(感覚麻痺または熱感)
- 現実感消失(現実ではない感じ)または離人感(自分自身から離脱している)
- 抑制力を失うまたはどうかなってしまうことに対する恐怖
- 死ぬことに対する恐怖
こういった症状が全て必ず起きるわけでもありませんが①身体の強い興奮/鎮静②恐怖感、が特徴です。
パニック障害
パニック障害には必ずパニック発作が伴います。パニック発作が頻繁に起き、それを避けようとする状態が一定期間(1ヶ月)続くことが基準となっています。Cさんの例でも分かるよう、パニック発作は何度も味わいたくない体験です。中には「死ぬよりも怖い」と話されていた来談者もいました。もっと平素な程度の例に例えると、パニック発作を体験したことがない人も理解しやすいかと思います。例えば、来週に迫った客先での重要なプレゼンは、多くの人にとって嫌なものでしょう。不安であったり鬱々としたり、また数日前から緊張が現れたりするかもしれません。だから「正直逃げ出したいな」と思ったり漏らしたりする人も少なくはないでしょう。それと程度の差はあれ、同じようなものです。
予期しない形で、あるいは予期してパニック発作が起こるので、どうしてもそれを避けたいと思います。避けるためにパニック発作が起きそうな場面(電車、車、閉ざされた空間など)に行かなかったり、パニック発作が起きそうな場面がわからないようであれば、家を出なかったりして、なんとか必死に発作を避けようとします。このような状態が続くとしたら、それがパニック障害です。
広場恐怖症
広場恐怖症は、上記のようにパニック発作を起こし、それを避けるようになってから一定期間過ぎた状態(パニック障害)と似ている部分があります。パニック障害のパニック発作を避ける部分が顕著に現れている状態が広場恐怖症です。つまり、パニック発作はあるかもしれないし(パニック障害)、ないかもしれない(パニック障害ではない)けれども、避けることはしている状態です。具体的には次のような基準があります(DSM-5より)。
- 公共交通機関を利用すること
- 開放された空間(例,駐車場,市場)にいること
- 閉鎖された空間(例,店,映画館)にいること
- 列に並ぶこと,または人ごみの中にいること
- 自宅外に1人でいること
このような状況を避け、さらに以下のような基準もあります。
- 同じ状況は,ほとんど常に恐怖または不安を引き起こす。
- 患者がその状況を意図的に回避している,および/または他者の同伴を必要とする。
- 恐怖または不安が現実的な恐れと(社会文化的な背景を考慮しても)釣り合わない。
- 恐怖,不安,および/または回避が,著しい苦痛を引き起こしているか,または社会的もしくは職業的機能を著しく損なっている。
パニックを治すために必要なこと
このような状態はどのように治っていくのでしょうか。この業界のこの分野で経験の多い私(タカ心理学博士)は、パニックに悩む人の9割ほどを完治させています。その経験から、パニックを治すために最も重要なことを簡潔に述べたいと思います。
頼れるのは自分であると知る
発作はとても怖いというイメージが深く刻まれるため、それを自分だけでは対処できないと、パニックに悩む人は大方感じています。それだけ怖いというイメージが膨んでしまうような病理がパニックにはあります。実際は対処できないものではありません。逆に言うと、対処しようと思うので、対処できないと思えてしまうのです(これは詭弁ではなく実際の強い傾向です)。対処しないことが一番の対処であるということを理解すると、自分でもできる、と感じることができます。
ある患者さんは、カウンセリングの最中にパニック発作を起こしました。それに対して落ち着いて冷静に優しくそのままでいるよう私(タカ心理学博士)は促しました。1分間ほど、そのような静かな時間が過ぎると、患者さんは涙を流し始めました。
「発作が終わった…発作が終わった。治らないと思っていたのに…」
様々な対処をして共存してきた(付き合ってきた)パニックの問題が治るということを諦めていた最中、回復への道を目の当たりにした「驚きと嬉しさの涙」であったと、その後に話してくれました。そしてそのセッションを最後に、その患者さんは病院に来る必要がなくなったようでした。
この患者さんのように、パニック発作は実際は何もせずとも比較的すぐに落ち着くものです。一生懸命対処して落ち着かせるものではありません。計らわずとも、自然になることです。逆に、そのように計らうと逆に、苦痛が継続します(タカ心理学博士のメルマガを参照)。むしろ、そのように争うことがパニック発作に直結する原因になることも経験的にわかっています。
パニックの問題に悩む人の多くが、自信がありません。だから他人や物や情報に頼って、促されるままにパニック発作の対処をしようとします。電車に乗るときは常に人と乗る(他人を頼る)バッグに「お守り」として頓服(調子が悪くなった時に飲む処方薬)を持ち歩く(医師の意見を頼りにする)パニックに関して情報収集をする(他人の情報を頼りにする)傾向が、顕著です。それらを別の視点で考えると、他人や物や情報に揺れ動かされ、自分がブレブレになることも意味しています。だから、コロコロと変わってしまう自分を頼れるはずがない、と思っています。でも実は、それは思い込みであり、生きている人間であれば、必ずパニック発作を対処できる能力を備えているのです。
発作は対処すべき恐れるものではないと理解する
発作は怖いと言わない人はいません。
「溺れる」「死ぬより怖い」「発狂したくなる」「何をするかわからなくなる」「その場からすぐに逃げたくなる」
この恐怖は、体験したことのない人だと、なかなか想像がつきません。あえていうのであれば、水槽に閉じ込められた助手?がそこから脱出するマジックショーを体験していると想像してみると良いかもしれません。息が苦しくなってきて、それでもなかなか鍵が外せない。どんどん焦って、動きも大雑把になり、さらに脱出が困難になってくる。このままでは溺死だ…周りにスタッフがいるから最終的には助けてくれるだろう、と頭ではわかっていたとしても、生物としての危険をも凌ぐ頭(考え)は存在しません。
マジックショーは確かに怖い。でもパニック発作は、水の中で起きるわけではありません。他の人たちが安心して安全に生活している、その日常の中で起きます。そこがなかなか理解に苦しむポイントであると思います。そしてそれがパニックに悩む人の悩みのポイントでもあります。自分はおかしいのではないか。他者からそのような目で見られることは、大きな傷つき体験となります。倒れてしまうのではないか、おしっこを漏らしてしまうのではないか、叫び出して誰かに危害を加えてしまうのではないか、そのような不適切な行動をすることも恐れます。なので、余計に怖いのです。
これらの怖さが、恐れることではないと分かり理解することが、パニック克服の大きな一歩となります。先の患者さんのように、自分の思い込んでいたことが覆されることは(治らないと思っていたのが治るかもしれないと思えた)負担のかかることです。ともすれば、自分の思い込んでいることにしがみつかないといけないような仕組むが備わっている人もいます(それが自分を苦しめる思い込みだとしても)。この負担を乗り越え、パニック発作がどのように始まり、強まり、そして終わっていくかを、正確に知ることで、この怖さが激減する場合も多々あります。
パニック発作の恐怖の内訳の大きな部分を占めているのが「わからない不安」です。特に「どうしてパニック発作が起こるのか」について、誰も役立つ知見を与えてくれる人はいません。どんな専門書や論文を頼っても、そのような記述はないのです。なぜ起きるか、それがわかると随分と不安が減ります。少なくともどうすれば良いか考えられるし、その結果すぐにその答えが出るからです。
NEXTカウンセリングでの取り組み
タカ心理学博士は、パニック発作の仕組みを、患者さんや相談者からの聞き取りで、あるいは米国のパニックの専門家の手助けで、明確にしました。パニックに悩む100%の人が納得をするパニックの説明が、とてつもなく高い完治(パニック発作ゼロ)率を作り出していることは明らかです。NEXTカウンセリングでは、この方法を用いることによりパニックの相談に訪れる約9割の人を「完治」(パニック発作ゼロ)へと導いています。
この方法に加えて、パニック発作を起こしたエピソードのトラウマを解消する場合もあります。その際には、NEXTカウンセリングではブレインスポッティングという手法を用いて、効果的に、即効的にトラウマを解消し「パニック発作は恐れるものではない」という深い理解を得ることを促します。
まとめ
本記事は、タカ心理学博士の知見から、パニックを治すために必要なことについて述べられています。パニックには①パニック発作②パニック障害③広場恐怖症という概念が含まれ、強い身体反応と恐怖、それを避ける行為が特徴です。これらは圧倒されるような体験ですが、自分を頼り発作の本質を理解することで「発作ゼロ」が望める状態です。NEXTカウンセリングでは、独自のパニックの方法やブレインスポッティングを用い、おおよそ9割のパニックの問題を解決しています。